弥生王国の遼寧人の姿が見えた

弥生王国の姿が見えた、それは之までの、朝鮮から渡来したとされる、ものが一転して、覆される証拠が、確実なものに、なった。
これは夜須全体に広がる、遺蹟の状態から、確認できる。                       
はじめに、
日本の開花となる、暮らし方が、これまでの常識をはるかに超えることになったのだ。
中国書等が記す、この国の生い立ちが、確実なものとなりました。
これは夜須に於いて神の登場が、第一歩で此れなしには、語られない。
神とは農耕から起きたもので、神が始めに誕生したのでは、ありません、そこには世界でいち早く、文明が王によって開かれました、これがメソポタミア文明です。そしてこの文明の創設者が、ウル王といいました。
このウル王の名は世界に神を印象付け、そしてここに人間という、名前が始まりました。動物から、人間へと変化の時がこの、今から8000年前におこったメソポタミア文明です。
そして長い年月が過ぎて、いますが、今も変わらないのが、神の存在感です。
ここに当社歴研会が、発表する人間と神とのかかわりが語るものとは? 似るという、親子が似ているの、似るに根幹があり、私たちはかけ離れていて気づくきませんが、日本には似ているという文字がありますね、この似ているが明かすものとは、
親子関係のようなものに、根幹がありました。
ここに、夜須の弥生人から見た、似ているの語源に、挙げられるものが、夜須の遺蹟に眠っていました。
まず似ているから取り上げたいと思います。
弥生といえば銅矛、銅戈の原産地から、この夜須内の弥生人が似た、銅戈で暮らしていたという事は、似ているのではなくて、民族そのものが、この夜須に居ることの証明になります。


c0095642_15263291.jpg


この銅戈は夜須の勝山というところの遺蹟から出土したものですが、まだ他にも似たものが、


c0095642_15295643.jpg


遼寧省に見えるのが、この銅戈の一番古い土地とされています。
ここにも似たものが、揃っているのがあり、日本に古代の昔からつくられていた下水菅の施設は天智天皇の頃にも見えてきました。
この下水設備が始めて登場したのも、日本と似たよな、メソポタミア都に住んだシュメール王が、始めたものと、云われています。
ここにも似たよなものがありますね。
この似たものが中国でも、古代の遼寧省に住んだ民族の他を於いては、みられません。
これは似たよなものとは、受け継いだから、似たよなものが再生しているのです。
現存して似ているものは、再生の外にはないのです。
昔の日本では土管で造られた、下水があちこちに、ありましたが、現在は似たものから、かけ離れているとしたのが、ここにあるのです。


c0095642_15512479.jpg



c0095642_15522812.jpg



まだ外にも似たよなものがあり、
これは
c0095642_15541939.gif



土偶にも見えるが、殷の後の時期になるので、同類の民族ともとれますが、これは焼き方が
素焼きではなくて、登り窯で焼かれているのです。
この技法は、火と関わる民族にしか、似たよなものとはならないのです。
竈に関わる民族は、似たよなシュメール人にしか、受け継がれていないのです。
それはすべての似たよなにかかわるもので、人間でも白人と黄色人とは、似たよなものには、ならないことを、明かしています。
それは受け継いでいないという現実です。
このままいけば半永久まで、このすべてのものは、再生しないでしょう。
それは現在の下水道のあり方にも、問題を残しています。
このこのすべてのものは、再生しないでしょうのことば、の中にあるものは、
二度と再生しないという、事は似たものが続くことには、ならないという、神の教えです。
今民営化ということばがあり、改められていますが、これも、このままいけば再生は不可能となるでしょう。
これは人間の根幹を失わせる行為となるでしょう。
後で生まれてくるものは、それまでのすべてのものと出会うことは、出来ないという事を示し暗示ています。

貝い合わせや鋏もこの似たよなものとして、昔の日本にはありました。倭鋏の原産地はメソポタミアと、云われているのがそれです。c0095642_164173.jpg


こうしたものは、とてもよく似ています、それはこの鋏が明かすものには、日本だけの特徴の着物の絹織物は、このメソポタミアの宇宙農耕天文学を説いたシュメール王の他を於いては、似たよなものとは、ならないのです。ここに機織りと宇宙農耕天文学が結びついているのです。


この似たよなものの原点はすべてこのシュメール王に集約されているのです。
[PR]
by kouhoka | 2007-02-06 16:10 | 夜須弥生民族の正体
<< 夜須の宮ノ前遺蹟に見られる遼寧... 赤飯と日本の歳時記 >>