どんたく隊が「しゃもじ」で踊る由来

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では、その長い「博多松囃子」の歴史の中で、いつ頃から「通りもん」(現在の「どんたく隊」のこと)がしゃもじを使って踊り始めたのか?

博多松囃子は京都の今宮神社の、「夜須礼」の縁起、は、いや栄から、しゃもじ、日本の開港の夜須、は稲作農耕から始まったとされていました。
黒田長政の法事の説法に、招かれた、佐久間不干斎が、祭りの創設者なのは、あまり知られていないところです。
出雲のお国が、歌舞伎の踊りの、ように、踊りと、深い関係がありました。佐久間不干斎は甚句やお茶等、戦国時代が終わり桃山時代からの、民衆が、初めて、祭りに参加されたので、日本中に、「夜須礼」が広まったそうです。
佐久間不干斎の長男が、夜須松延に移り、住んだことで、博多どんたく、しゃもじ隊が、昭和初期に、篠隈に、しゃもじ、隊が、踊って、、「夜須礼」していた、そうです。
「夜須礼」とは、いや栄、の祭りだそうです。 祝詞と同じなのでした。そこで音について、稲作は、やはり、ごはんは、しゃもじ、ですからね。
日本の歌謡は七五調の詞から、成り立っている、そうです。夜歌から、日本の伝統が全国に広まって、いたそうです。
夜営やえい、栄えるという意味 うた 七五調 十九の春、ラッパ節等。 





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by kouhoka | 2017-09-07 15:27
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