考えも無しに、、お盆を過ごしていいのだろうか?

考えも無しに、、お盆を過ごしていいのだろうか? 8/12

文化の無い?こんな思いが、お盆に入る前に、ふと、感じた、今の日本を見るに、民衆の思いとは、文化とは違うものに、なっていた。ところで文化生活って、どういう意味だろう?

考えも無しに、、お盆を過ごしていいのだろうか?

日本にはお盆、という日があるのは、皆さん、誰でも知っている。

だがお盆というのは、日本に、つきもの、習慣?でなくなっている事を、大衆は何も知らない?誰も教えてはくれない?

ふとそんな思いがこみ上げてきた。何も

むなしいと、悟ったのは、この時であった。

何という事なのだと。

学校では教え無かったのか、日本のお盆とは、日本人の通過儀礼という事を、その為に、二つの神仏日が、揃って?民衆は、昔から受け継いで、いて来たが?今は、民衆は、海外旅行へいったりして、まちまちに、なって、文化そのものさえ、何の意味か、知らない。

日本人といえども、近代はその影も薄れていた?

近代は、その影とは? つまり日本人の、あり方の事である。

つまり日本人の、あり方こそ、文化である、何も知らないからでは無く、文化というのが、もはや、薄れて、後影もないのである。

天皇陛下に文化の意味を、民衆は、尋ねた事はあるのか?誰が文化の日を、決めたのかと? それは天皇しか、祭日は、決められ、いのに、国会議員そのものが、天皇采配?いや、それは違う、暦祭日にしているのは?誰れ、こういうのは日本の文化とは違う、国民、みんなのお休みとは、言えない? それが、あらわに、日本の文化ではないと、示している。

文化とは自由に日本民衆が、揃って、過ごす、事が、叶った、元禄文化の形成は、誰、三代将軍家光?、ではなく、伽集の中の、ある人物しか、心得手は、できて、いなかった? 

元禄文化というのは、庶民が誰でも、揃って、過ごす、事が出来た時期の事。ここに文化の一部が、表れている。

現代で、表しているのは、町おこし春秋、美を楽しむ、と同時に、春には、ひなの祭典と、秋には、絵画を、楽しむ、いう町おこしが、民衆に広まっていった、が国会では無く、創案し、実現したのは? 夜須の人だった。

次に、日本の職業が、行き詰って、老人が、わずかに、育てていた、農作物を、食べて、くださいと、差し上げられた時、奉納の心得が、覚えた時、町役場に、町の人の、苦しみを、楽しみに変えるのは、農産物の直売という、計画も、町役場は通ぜず、その後、知人の、なじみで、朝倉JA参事の方に、その案を、お話ししたら、賛同され、こちらの創案、農業の、みんなが楽しめる、やり方として、こちらが、お話しした、小屋風の、農産物直売できる、場に、至ったのは、トマトという名の、農産物直売所、で今の道の駅の基案となって、全国に、広まったのは、文化そのものだろう。

文化とは民衆が楽しみ、のように、日の丸旗の創案も、同じ、日本の国旗と、同じであった。 夜須は日本文明の始まりだったと。


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by kouhoka | 2017-08-12 10:21
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