「東_」に関連 治天の君である院  道乗(東寺。僧正。地乗院). 児島宮祖 

東寺地乗院僧正 道乗
後鳥羽天皇─頼仁親王─道乗室上沢氏(中条家長、の女)の娘上沢姓は、現・塩谷町上沢発祥 この道乗が上沢氏の娘を妻した。子に頼宴ー高徳
二条(二條)家(摂家)二条良実ー妻:(父:左少将 坊門基信)
1268-1334 兼基
1255-1296 経通
右少将 経忠
1237-1304 天台座主大僧正准三宮 道玄
1256-1309 准三宮 道瑜
法印権大僧都 尋源
天台座主大僧正 道潤
勧修寺法印権大僧都 良宝
東寺地乗院僧正 道乗
娘(太政大臣 徳大寺公孝室)

東寺百合文書
大納言三位行皇太后宮大夫源朝臣重信 惣行事紀 行事秦 端裏書:天元官符案 自真乗院出之 観応二・五・八 事書:紀伊 .... 資宣) 大納言僧都 寺務上乗院僧正道乗直任寺務頼仁親王御子 直任寺務頼仁親王 寺社名:東寺 影写本:「1-24」 23-24 ...

大日本史料第五編
天台【山】 青蓮院道覚入道親王 俗名朝仁 西山宮 後鳥羽院皇子 80代座主 道覚と浄土宗西山派との関係を示す論文に ○中西随功氏「道覚法親王 ... 代長吏 覚仁法親王 桜井宮 後鳥羽院皇子 ○真言 御室道深法親王 金剛定院御室 後高倉院皇子 上乗院良恵 九条兼実息 上乗院道乗 後鳥羽院皇子頼仁 ... 建長元→任権律師 康元元→権少僧都 文応元→権大僧都 文永3→法印 弘安5→東寺長者加任 弘安7→権僧正 弘安9僧正

摂家-二条家-公卿類別譜(公家の歴史)
二条道良。二条教良。二条師忠。二条兼基。二条道平┳良基┣師嗣┳道忠┳持基┳持通┳政嗣┳尚基━尹房┳晴良。 ... *2. ┳, 家宝(勧修寺). ┃, ┗, 良忠(母松殿基嗣女。延暦寺。法印). ┣, 道乗東寺僧正地乗院). ┗, 女子(徳大寺公孝室。実孝母)

延暦寺 - Wikipedia
延暦寺(えんりゃくじ、正字: 延曆寺)は、滋賀県大津市坂本本町にあり、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。比叡山、または叡山(えいざん)と ... 特に密教による加持祈祷は平安貴族の支持を集め、真言宗の東寺の密教(東密)に対して延暦寺の密教は「台密」と呼ばれ覇を競った。 ..... 家康の死後、天海僧正により江戸の鬼門鎮護の目的で上野に東叡山寛永寺が建立されると、天台宗の宗務の実権は江戸に移った。

道乗(2)(どうじょう)とは - コトバンク
デジタル版 日本人名大辞典+Plus - 道乗(2)の用語解説 - 1215-1274* 鎌倉時代の僧。建保(けんぽ)3年生まれ。頼仁(よりひと)親王の王子。真言宗。仁和(にんな)寺で出家,東寺の良慧(りょうえ)に師事し,灌頂(かんじょう)をうける。建長3年大僧正となり,東寺 ...

児島高徳作の太平記

巻第二十四

206 朝儀年中行事事

暦応改元の比より兵革且く静り、天下雖属無為京中の貴賎は尚窮困の愁に拘れり。其故は国衙・荘園も本所の知行ならず。正税官物も運送の煩有て、公家は逐日狼戻せしかば、朝儀悉廃絶して政道さながら土炭に堕にける。夫天子は必万機の政を行ひ、四海を治給ふ者也。其年中行事と申は、先正月には、平旦に天地四方拝・屠蘇白散・群臣の朝賀・小朝拝・七曜の御暦・腹赤の御贄・氷様・式兵二省内外官の補任帳を進る。立春の日は、主水司立春の水を献る。子日の若菜・卯日の御杖・視告朔の礼・中春両宮の御拝賀。五日東寺の国忌・叙位の議白。七日兵部省御弓の奏。同日白馬節会。八日大極殿の御斉会。同日真言院の御修法・太元の法・諸寺の修正・女叙位。十一日外官の除目。十四日殿上の内論議。十五日七種の御粥・宮内省の御薪。十六日蹈歌節会・秋冬の馬料・諸司の大粮・射礼・賭弓・年給の帳・神祇官の御麻。晦日には御巫御贖を奉る。院の尊勝陀羅尼。二月には上の丁日尺奠・上の申日春日祭。翌日卒川祭。上の卯日大原野祭・京官の除目・祈年の祭・三省考選の目録・列見の位禄・季の御読経・仁王会を被行。三月には三日御節供・御灯・曲水の宴。七日薬師寺の最勝会・石清水の臨時の祭・東大寺の花厳会授戒。同日鎮花祭あり。四月には朔日の告朔。同日掃部寮冬の御座を徹して夏の御座を供ず。主水司始て氷を献り、兵衛府御扇を進る。山科・平野・松尾・杜本・当麻・当宗・梅宮・大神の祭・広瀬立田の祭あり。五日は中務省妃・夫人・嬪。女御の夏の衣服の文を申す。同日准蔭の位記。七日は擬階の奏也。八日は潅仏。十日は女官、春夏の時の飾り物の文を奏す。内の弓場の埒。斉内親王の御禊。中の申日国祭。関白の賀茂詣。中の酉日賀茂の祭。男女の被馬。下の子日吉田宮祭。東大寺の授戒の使。駒牽神衣の三枝の祭あり。五月には、三日六衛府、菖蒲并花を献る。四日は走馬の結番、并毛色を奏す。五日端午の祭、薬玉御節供・競馬・日吉祭・最勝講を被行。六月には、内膳司忌火の御飯を供ず。中務省暦を奏す。造酒司の醴酒。神祇官の御体の御占。月次。神今食。道饗。鎮火の祭。神祇官の荒世の御贖を奏す。東西の文部、祓の刀を奏す。十五日祇薗の祭。晦日の節折、大祓。七月には、朔日の告朔。広瀬竜田の祭に可向。五位の定め。女官の補任帳。二日最勝寺の八講・七夕の乞巧奠。八日の文殊会。十四日盂蘭盆。十九日尊勝寺の八講。二十八日相撲節会。八月には、上の丁の尺奠。明る日内論議。四日北野祭。十一日官の定考・小定考。十五日八幡放生会。十六日駒引・仁王会・季御読経あり。九月には、九日重陽の宴。十一日伊勢の例幣・祈年・月次・神甞・新甞・大忌風神。十五日東寺の灌頂。鎮花・三枝・相甞・鎮魂・道饗の祭あり。十月には、掃部寮夏の御座を徹して、冬の御座を供ず。兵庫寮鼓吹の声を発し、刑部省年終断罪の文を進る。亥日三度の猪子。五日弓場始。十日興福寺の維摩会。競馬の負方の献物。大歌始あり。十一月には、朔日に内膳司忌火の御飯を供じ、中務省御暦を奏す。神祇官の御贖。斎院の御神楽。山科・平野・春日・森本・梅宮・大原野祭。新甞会。賀茂臨時祭あり。十二月には、自朔日同十八日まで内膳司忌火の御飯を供ず。御体の御占。陰陽寮来年の御忌を勘禄して、内侍に是を進る。荷前の使。御仏名。大寒の日、土牛の童子を立、晦日に宮内省御薬を奏す。大禊。御髪上。金吾四隊に列て、院々の焼灯不異白日。沈香火底に坐して吹笙と云ぬる追儺の節会は今夜也。委細に是を註さば、車に載とも不可尽。唯大綱を申許也。是等は皆代々の聖主賢君の受天奉地、静世治国枢機なれば、一度も不可断絶事なれ共、近年は依天下闘乱一事も不被行。されば仏法も神道も朝儀も節会もなき世と成けるこそ浅猿けれ。政道一事も無きに依て、天も禍を下す事を不知。斯れ共道を知者無れば、天下の罪を身に帰して、己を責る心の無りけるこそうたてけれ。されば疾疫飢饉、年々に有て、蒸民の苦みとぞ成にける。

後鳥羽天皇―頼仁親王―道乗大僧正―頼宴大僧正室児島氏―高徳

高野山真言宗 総本山金剛峯寺
高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。
後鳥羽法王の御願により、京都の東寺長者の延杲(えんごう)が神泉苑にて祈雨の修法を行い、見事大願を成就しました。
七条院領・室町院領をはじめとして、東寺. 領圧園 ... 公証公験(四至傍示等立庄時の官省符)の文書、が、寄進者より東寺に施入されるので、これらの文書によって、その. 81 ..... 宜陽門院は仁和寺菩提院僧正行遍を通じて、弘法大師空海への帰依厚く、
福岡県朝倉郡む夜須奏言郡は天皇領とある、斎衛二年
治天の君である院の側で主に貴族の奏事を院に「伝奏」「申次」する院司である、と定義し、さらに院伝奏および関東申次 ..... 大和国宇智郡を祈祷料所として知行せしむ④応永三年六月六日付 金剛乗院俊尊宛 (『東寺百合文書』) .... 45同年七月十八日付 金剛乗院僧正御房 (『東寺百合文書』)
東寺長者・醍醐寺座主・金剛峯寺検校を歴任し、延長元年(923年)には権僧正に任じられた。
加地信実の女が頼仁 親王 の室となり道乗 僧正 が生まれす。










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by kouhoka | 2017-05-06 10:50
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