現に、教育委員会文化財課は、遺跡発掘はしているものの、その跡はどのようになっているのか?

日本人は、いつごろ、はじまったのか?どうして日本となったのか
今の段階では、邪馬台国ですら、判明してはいません。
この邪馬台国が判明しないと、日本の始まりは、判らないでしょう。

現に、教育委員会文化財課は、遺跡発掘はしているものの、その跡はどのようになっているのか?実はこれと今の日本の国会の動向は、同じになっているのを、御存じか?
壊れています?一番大切なものが?
クメール国様式遺跡はどうして、無くなったのか?それは中国の元時代に、征服によって、こわされてたのです?
今の日本と同じ事になったという事です。
どうして、クメール様式遺跡神殿は、もう終わりと思います?

続いているのは?神仏が、あってこそ、平和な生活と、豊かな実りが、出来て、クメール様式遺跡神殿のように、残っていたという事になるのでしょう。
この意味が、どういう事なのか?今世界遺産の登録に集中しても、あまり文化は開けないでしょう?オリンピックはそんなに、重要なのでしょうか?重要だけに、集中し過ぎていないだろうか?
そんな中、イスラムとシリアは戦争で、何をしているのだろうか?正義なのだろうか?
あのイスラムとアメリカは同じ事をしたのを、判っていましたか?
アメリカのメソポタミア遺跡のIRAQ博物館の展示物が壊されたのでは?無かった?
それは分散していた?何処にフランス博物館やイギリス博物館に、展示しているのは、今の日本の国会と公的機関のやり方とまったく、同じ事が出ている。

それは民族特有の、姿でもあるのでしょう、元のフビライと清と明も同じ姿を現していた?それは破戒の限りをしていたという事?
これは神仏に無関心の結果が、破戒と、横領しても、その国には平和は、無く、集中しても、あまり文化は開けないでしょう?

日本の国会と公的機関のやり方は、そんなに国民には意味も無いという事?憲法も全く戦争と同じ事になっていませんか?
遺跡の発掘調査しても、その遺跡の地、独特の、ありさまを、後世に、伝える事は、出来ないでしょう?
戦争も又同じ事が言える゛しょう?

御恩と奉公が壊れた日本は、前の日本の美、神仏が支えた日本の、すべてと言えた。神仏の御恩と奉公とは、日本の稲作で、あった。
今の日本の宗教は、神仏とは程遠い、ものと変わっている。
神仏の美とは?何なのか?
出来上がった日本の神仏の美は、戦国時代の終わり頃、歌舞伎や漫才相撲軸茶道が今の日本の文化となっていたのです。
これらは美があり、それらは本髄があった?
が残念ながら、それは逆さまになっている?これが現代となっている。
掛け軸がはやりだしたのは、やはり戦国時代の終わり頃である。
ここにも戦国とは、憲法と同じ、元のフビライと清と明も同じ姿を現していた?それは破戒の限りをしていたという事?こんな事がフビライと台風と敵国降伏が起きた天の逆矛となっていた。
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by kouhoka | 2015-10-18 18:48
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