日本人は朝鮮半島から来ていない、つじつま、が合わない

日本語なら、単語事典をインターネット上で検索して見ると、標語というもの、があるが、
くらべる(比較)すれば、貝合わせのように、ぴったりと、一致するので、正しい事が判る。
日本のはじまりと、書き込んで、検索ボタンをクリック、
すると日本の歴史は、つじつま、があわない?ので×

たいてい、書き込んでいるのは、もう、ありもしない、記事ばかり、?みんなでっちあげ、にすぎないので、どこかに、ないかと、探していくうちに、
何か頭に連想するページが、のっていないか?見つづけると、
いったい日本のおこりは何時までさかのぼるのか?
お茶の種子の伝来以来、独自の歴史を築いてきた日本のお茶文化。も参考になるので、お気に入りに入れる。日本神話は古代日本の主権者・祭祀者であった“天皇家の皇統”との深いつながりを持っています。これなら、皆さんもお分かりになるだろう。
天皇家の皇統は世界広しといえども、古代の中国しか、ありません、夏王朝が、メソポタミア以降うけつぐ、記録で文字がないと、記録になりませんから。
これはつじつま、が合う。

夏王朝の記事が日本の書物の中に、記録ているのがあるか?調べてみよう。
すると、「太平記」の中に、記録していた。
「太平記」の作者は、どうして、書き入れていたのか?それは単なるものでは、ないから、ここに、つじつま、の単語が、「越王勾践」と作者の児島高徳とが、関係がある事が一致する。
児島高徳の先祖は、「越王勾践」で、あったという、事は、不明の日本の開始の糸口になる。

糸口は、夏王朝と深いものと言えば、日本のお茶文化である。
早速、のお茶文化のはじまり、と書き込み、検索してみる。
すると、出たのは、古代中国の雲南地方と、つながって、いる。
ここで倭人のはじまりを、書き込み検索すれば、
呉国と出ている。
夏王朝とは呉国と日本のはじまりと、決めてかかると、間違いが生じる?それは民族同士が違うから、まだ他に、つじつま、が合うものは、無いのか、調べて見よう。
夏王朝と言えば、皇統の帝王で知られている。
これを中国では「覇者」とよんでいる。

ここで、日本のはじまりは、朝鮮半島から来ていないのか?それはどこにも、つじつま、が合わないからで、朝鮮半島の「朱蒙」と、日本と記録が書かれているのかと、いうと、そんな記事は、どこにも、ない。
「朱蒙」の時期は紀元前で、中国では漢の祖である「劉邦」の後裔である武帝が、朝鮮半島を統治していた時期で、日本との関係はまったく、関係がない。
学者等は、どうして、朝鮮半島から、五世紀半に移って来たといえるのか?それは古墳の風土が、何かに、良く似ているからであろう。
高句麗のはじまりと、日本は、つながって(つじつま)はいない。
まして、高句麗が支配していた、朝鮮半島の事といえば、日本の出先機関、「日本府」に支配が神宮皇后の時から、続いていたのは、日本の記録トモ附合する。
だが間違えてはならない?
日本の開始といえば、ウガヤ帝の日本の表記になっていて、
これは天神のくだり、があるから、これ抜きでは、正しくはならない。

神宮皇后が、卑弥呼である事か解ったのは、二十年前に、児島宮歴研会が、発表してからである、今だに、これ抜きでは、考えられない。
神宮皇后と日本のはじまりである、ウガヤ尊とは三百年間の開きがあって、神宮皇后はその十二代目の天皇である。
これよりももっと後の五世紀後半に、学者は、日本が始まったとしているのは、まったく、つじつま、が合わない。
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by kouhoka | 2014-07-19 10:59
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